バールの基本・カスタマイズ

2024年3月19日(火)
ナビゲーター:野宮裕介(バール専門家)

1860年創業 ナポリ『Gran Caffè Gambrinus』

 エスプレッソコーヒー発祥国イタリアのバールでは、カプチーノをはじめとするエスプレッソドリンクが広く飲まれています。それではバールにはどのくらいの種類のコーヒーメニューがあるでしょう?その答えを辿ると、イタリアの人々の生き方に通じるバールの面白さが見えてきました。

 

バールの特徴とは

 イタリアのバールは、日本のカフェとバーを合わせたような独特の飲食店です。イタリア全国に約15万店あるといわれるので、日本全国のコンビニの数(約5.7万店)よりも多く、どれだけ生活に欠かせない場所かわかるでしょう。しかもイタリアの人口は日本の約半分にもかかわらずです。

 もうひとつ大きな特徴は、カウンターでの立ち飲みが主流ということ。客は皆、直接カウンターのバリスタに何やら声を掛けて注文しています。その会話をよく聞いてみると…。

 見た目ではわからないことですが、実はほとんどの客が自分の好みをバリスタに伝えて、自分好みのコーヒーを作ってもらっているのです。これこそがイタリアのバールの最大の特徴でしょう。

 

メニューの数は無限

 バールではメニュー表を見てコーヒーを注文する客はほとんどいません。カウンターにはそもそもメニュー表はありませんし、別料金のテーブル席には置いてあるものの、そこにはわずか数種類のコーヒーメニューがあるだけ。

○ エスプレッソ
○ カプチーノ
○ アメリカーノ
○ マロッキーノ
○ カフェ・コン・パンナ
○ デカフェ
○ カフェ・ドルツォ
○ カフェ・シェケラート

 恐らくどのバールもこの8種類が基本です。意外に少ないと思いますか?でもこれは料金の違いを明示するためだけのもの。実際にはそれぞれの客に合わせてアレンジするので、実に1,000種類は超えるでしょうか。

 アレンジとは、エスプレッソ、その他のベースになるコーヒー、ミルク、お湯、フレーバー、砂糖等において、その有無、種類、量、比率、温度などを細かく指定すること。他にも奇想天外なリクエストに驚かされることも日常茶飯事です。

 もちろんバリスタは大変です。しかしその対応力とスピードこそ熟練したバリスタの技術ですし、エスプレッソマシンはそのための仕様になっています。

 

いつもの一杯

 有能なバリスタなら2-3回の来店でその客の好みを覚えます。常連客にもなればお互いを名前で呼び合い、客は「イル・ソーリト(いつもの一杯)」と注文するだけで、自分のためだけのオリジナルコーヒーが出てきます。

 ちなみに私の好みは「ウン・カップッチーノ・ボッレンテ・コン・タンタ・スキューマ・センツァ・カカーオ・エ・ウナ・ブスティーナ・ディ・ズッケロ・ディ・カンナ・ア・パルテ」まるで呪文のようですね。

 つまり「ミルクの泡多めの熱々のカプチーノにブラウンシュガーを1袋添えてね」とバリスタに伝えているわけです。

 

バリスタと美容師の共通点

 バリスタの仕事は美容師に似ています。来店客はまず希望のヘアスタイルを細かく伝えます。迷っているときは美容師が提案することもあるでしょう。そして日常の世間話をしながら髪を切り、徐々に客の好みやクセを把握します。

 もしその美容師が近所で独立すれば、きっと常連客はそちらに通うでしょう。客は「店」ではなく「人」に付くのです。

 バリスタも同じ。自分の技術を込めた自信の一杯だけを推すよりも、客が望む好みを最高の技術で仕上げるスキルが求められています。

 

近所で通える幸せ

 人はそれぞれに違う嗜好があるので、お店が決めたメニューにすべての客が満足するわけではありません。客としても好みのコーヒーが飲めるお店が近所にあるとも限りません。

 でももしイタリアのようにバリスタに好みを伝えられるなら、近所に通えるお店が増えるし、お店はすべての客を満足させることができるでしょう。

 これこそ、イタリアのバールがどこも繁盛している理由です。

 

コーヒーも人生もカスタマイズ

 人生はコーヒーと同じ。甘味と苦味のハーモニーを楽しむもの。自分で決めるから楽しい。他人に決めてもらってうまくいかなければ文句を言うような人生はつまらないでしょう。

 勇気を出してバールのカウンターに一歩進めば、その一日がいつもよりちょっと幸せになるかもしれません。